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えりあし

思ったこと、残しておきたいこと、いろいろ

ABC座2014ジャニーズ伝説

2014年5/9(金)〜5/30(金)

日生劇場

ABC座 ジャニーズ伝説

 

短期間での再演でしたが、最後まで大きなトラブルなく千秋楽を迎えられてほっとひと安心です。

新規なりにも時間を寄り添ってきたおかげで、えび自身の在り方もそうでしょうし、私自身の見方が変わってきたことも加わって、去年とはまた違った感想や発見のあった舞台でした。

 

去年は、自分がえびにはまって初めてのグループ現場でした。

去年と今年でまず感じた大きな違いは、畏まった緊張感が抜けたこと。去年はジャニーズ事務所設立50周年という謳い文句がついていたのもあって、事務所の看板という重たすぎる荷物を抱えていましたが、今年は一度演じた内容と同じものをするということで、お遊びパートが増えていましたね。一幕の話です。

個人のソロがカットされていたこと以外は大きな変更点はなかったと思われますが、一幕で何より印象的だったのが、橋本くんの可愛さです。

朝起きてたら泣いてた、という雑誌のコメントが今でも重く伸し掛ってきますが、今年の一幕は橋本くんがのびのびしてましたね。去年に感じていた、張り詰めて爆発しちゃいそうな緊張感、崖の淵ギリギリまで追い込まれていたかのような重石を今年は全く感じなかった。決して弛んでいたと言いたいのではなく、「橋本くんが追い込まれていないえび座」というものが初めてだったので…。二回目ですけど。

傷つく~~~って胸を押さえたり、おネエ言葉で愚痴ったり、照れるぅ~~~って人の肩脱臼させたり、下から二番目のお兄ちゃんを抱っこしたり、すごい、可愛い。あおいさんとかジャニーズ伝説とか初見どうこうはさておき、橋本くんが可愛いと許される世界って確かに存在しました。

下衆なことを言うと、去年の今にもプレッシャーに押しつぶされてしんじゃいそうな橋本くん、美しかったな…。空港でネバマイを歌うシーンが、回を重ねる毎に歌がうまく、その奥が深くなっているのが空気でも伝わってきて、ギリギリの局面に立たされて踏ん張って生きている、成長している人間をリアルタイムで目の当たりに出来たこと、それが二十歳のセンターであることがとても苦しく悲しく頼もしく、何とも形容し難いドキドキに胸を詰まらせたことを思い出して、ちょっとだけそれを恋しく思ったりもしました。けどまあ、それはそれで。可愛い橋本くんが見れたから全然オッケー!です!

 

そして二幕。

一幕は、事実に基づいているといえど、えび本人達とは異なる人間のストーリーですが、二幕はショータイムも兼ねた俺たちの物語、と言ったらいいのか。抉られる。まだ一貫したストーリーがあればよかったものの、「個」の色、主観主張が非常に強く、また、客側の観点や趣向にも感想を大きく左右されるため、Twitterを回っていても受け取り方が千差万別で非常に興味深かったです。

 

https://twitter.com/aki_eras/status/472182343319289856

 

普段言いたくても言えないこと。言い淀む理由は相手への優しさや気遣いであったり、自身の地位の保持であったり。その感情の矛先が友達や仕事仲間などの目の前に居て個別にぶつけられる相手なら。もし互いが子供同士なら、少ない語彙でただただ感情をぶつけ合う、もしかしたら手が出ることも。大人になったら、酒を飲むことで許される権利を環境から獲得することで逃げ道を作り、それでようやく言葉に出来る。

でも彼らは発信者で、客に対して一対一で訴え掛けるなんて真似はできないしすべきではない。だから舞台の上で発信する。自身の発信したい思いの丈を、気持ちを、言葉を。台詞に乗せて、創作に置き換えて。アイドル雑誌の近況欄に同じ内容を書いたとしても、届き方、響き方は絶対に違ってくる。

 

私が二幕に感じたのは、彼らの「今」。

主観と客観の温度差、伴わない数字、焦り、本当にこれでよかったのか、このままでいいのかといった不安。Jrへの鼓舞もあったけど、私はそれより前までの言葉の方が強く頭に残ります。

発信者には受け手がいないと意味がない。ボールは投げるだけじゃ駄目。受け止めてくれる人を用意しないと。人がいたとしても、受け止めてくれるかどうか、届けたいものが相手に届くかどうか。

アイドルってもっと、間に大人とか専門の人、脚本家プロデューサー演出家クリエイター、なんかを挟んで、そういうプロフェッショナルの技術を詰め込んだ衣装やお化粧を、代表してアイドルが身に纏って世間に発信する。それがアイドルだと思っていたのだけれど。

A.B.C-Z第一次産業*1みたい。舞台という時間も労力も掛かる媒体で、連続で毎日同じ場所で同じ作品を刻み続けているから。発信するのも本人達だし、創っているのも本人達。全部が全部なんて言わないけれど、そこの密度は間違いなく私が見てきたどのアイドルより断然濃くて、全てがダイレクト。素手。真っ直ぐ過ぎて重たい。辛い。でも、だから、好き。間に余計なものがない、生の声、本人達の拘りと正義が澱みなく届いてくるから好き。でも重たい。抱えきれない。でも好き。エンドレスリピート。

 

ジャニオタTwitterでも話題になった北川景子さんのブログより。

>でも、観はじめると、男役蘭寿とむ様の軌跡がそこにあり、
>この音楽学校からの20年の積み重ねがあっての今の蘭寿とむ様なんだと思うと
>私が応援させていただけたのは最後の2年だったけれど、
>やはり私は蘭寿とむ様の20年分を愛したことに変わりはないのだと思い、私は自然と笑顔になれました。

 私が見てきたA.B.C-Zは、彼らが事務所で過ごしてきた十年、十余年の中でも本当にひと握りの時間でしかなくて、でも、彼らの費やした時間や努力、その結果は、間違いなく昔から今に繋がって、培って、積み重なっているんだと思うと、胸が苦しい。直の目では見れていないけど、私は彼らの努力の形を目の当たりにしているんだ、って。そういうのが全部、見えちゃうから、舞台ってすごいし、辛い、重たい。でも、彼らはずっとそういうステージに立ってきたし、見て貰うために居るのだし、それを選んだ人達で、私はそんな人達を好きになったのか…。勝手に、五人分の人生を背負った気でいるんだろうな。そういう見方をしちゃうんだ、私は。

北川さんは素敵な女だな…。ジャニオタの焦燥感をこんなに綺麗な言葉で表現してくれるなんて…。

 

MADE IN A.B.C-Z。present by A.B.C-Z。最近は野菜にも生産者の顔写真が載っているけど、えびちゃんもそうだね。えびちゃんの作品の表紙にえびちゃんがいるっていうのは、そういうことなんだね…違うかもね…。

 

舞台、というものの楽しさと恐ろしさを改めて教えて貰いました。この舞台に込められたメッセージは、ドラマでも、ラジオでも、雑誌でも駄目だった。約一ヶ月、決められた箱に囲われて、時間と体を拘束されて、繰り返し同じ内容を同じセリフを、少しだけ味付けを変えてみたりしながら発信することで、自分達に、作品に、客席に意味を、価値を、思いを、届けてくれたのかなあと思えました。美しすぎる美談になる前に、挫折した敗者の言い訳になる前に、形に残してくれてありがとう。後者は対比です。前者になることを勿論、願って。

 

ABC座2014、お疲れ様でしたー!秋まで続く仕事諸々も、頑張って追いかけます!

 

 

創作に乗っかることで相手に届き易くする、は、視点を変えたら、二幕頭の座談会と、橋本くん河合くんの件が正にそうなのかも。

座 談会は、MCという名目で四人に過去の話に触れる件。橋本河合は、一幕車解体のシーンで、河合くんが橋本くんの膝に乗っかってイチャイチャする後半恒例の アドリブ。このどちらも、楽屋で同じことをしていたら、真剣過ぎて身構えちゃうから、舞台上、「お客さんに見せるため」という建前があったから聞けた話、 取れた行動なんだろうなって思います。

橋本くんが、ワーホリ終わるまで不安だった、なんて いうから、一番歳の近いお兄さんが、そんなことないよ、お前は立派なセンターだよ、っていう信頼と安心感を肉体的距離で表現していたのかな。過剰なまでの 近距離と、あからさまなおふざけに、ツッコミ易さを与えてくれたのかな、って。そう解釈します。じゃないと河合くんがおふざけ甘えんぼおじさんになっちゃ う(笑)

 

*1:第一次産業…私はこれを、自然に最も近い産業の形、として習いました。ものの例えとして受け取って頂ければ。