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えりあし

思ったこと、残しておきたいこと、いろいろ

夏の終わりにおもうこと

ツアーの日程が発表されたのは、夏が来る前だった。たぶん、仕事をしていたと思う。合間か終わりかにTwitterを開いたときに、スマートホンの画面から、夏の風が吹き上がって、私の前髪を揺らしたような気がする。実際はそんなことなんて勿論ないんだけど。それくらい、私にはドラマティックな瞬間だった。夏がくる、と強く思った。いつだって夏は当たり前のようにやってきていたけれど、今年の夏は特別なものになる、特別なものにする、と私は決めた。

 

私の好きだったアイドル達は、私がちゃんと好きになる頃には、おおよそ中堅の位置にいて、好きになった頃には、過去に出演したレギュラー番組がごろごろあったし、コンサートDVDだって何枚も出ていて、シングルCD、アルバム、買い揃えるのは無理だなあと諦めていた。私はまだ学生だった。

社会人になった私が出会ってしまったアイドルは、デビュー二年目、民法のレギュラー番組はゼロ、過去のDVDはシングルが4枚、コンサートDVDゼロ、舞台とサマリーが一枚ずつ。好きになって一ヶ月としない内に買い揃えたと思う。私は社会人だったからそれが可能だったし、彼らの過去を遡るのに、デビュー二年目という歴の浅さはそれを容易にさせてくれた。デビュー前のものを私は数えなかった。そこを掬い取ろうとすると、切りがなかったから。彼らの物語はつい最近始まったようであり、長くて深くて濃密な過去があった。すこしだけ覗いてみた。でも、私は、そこを掬うのはやっぱりやめた。私は、今の歳の自分が、今の彼らを好きになった。その気持ちを大事にしたいと思ったから、今と、少しの時間と、前だけを見ようと思った。

 

 私は昔から、何かひとつのことにのめり込むのが苦手だった。好きなものはたくさんあったし、その世界に普通の人よりすこしだけ奥に進んで、深い世界を覗き込むのが好きだったけれど、自分がその渦中に身を置くことはなかった、と今では思う。世界は思っていたより広くて深い。私がA.B.C-Zを好きになって得た、私の中になかった新しい感覚。何かに強く没頭して、周りが見えなくなるのが怖くて、それしかない自分が怖くて、じゃあもしそれを失ってしまったら?想像するだけで恐ろしい。から、私はいつだって逃げ道を残して生きてきた。今もそう。彼らと出会っても私の生き方は変わらない。見える景色が変わっても、私の世界は私のものだ。他の誰かに侵されるなんてまっぴらごめんだ。

 

だから、私は選んだ。世界の焦点を絞ることを。夏フェスを断った。友達への誘いの声を極力減らした。行きたい舞台や映画を我慢した。この夏を、A.B.C-Zのために使いたいと思った。使おうと決めた。お金、時間、人付き合い。普段の日常をいくつか削って、犠牲にした。何かを得るには犠牲が必要なんだって、昔読んだ漫画にかいてあった。

 

私は社会人だ。自分で働いて、お金を稼いで、そのお金を自由に使っていい権利が私にはあった。その事実には感謝が尽きなかった。私は私の体力と時間を能力を犠牲にして得たお金を、私が見たいと、使いたいと思った人達に、何の罪悪感も抱かずに使える。そんな環境の中、彼らを好きになったことの巡り合わせに、とてもとても感謝した。

ご縁、という言葉が好きだ。運命、と呼ぶには他人任せのようでしっくりこない。必然、と呼ぶほどの窮屈さはどうも肌に合わない。ご縁。何年続くかわからない私の人生に、これ以上のない環境下に置かれた自分の今に、A.B.C-Zを好きになったこと、夏のツアーが決まったこと、すべての日程に調節が効くこと。ご縁だと思った。呼ばれている、なんて烏滸がましいことは言えない。まだまだ駆け出しの域にいる彼らだけれど、それでも彼らはたくさんの人に愛されているアイドルだから。

 

私は多ステというものが自分の性分にあまり合わないことを今までの経験で学んでいる。同じ演目を何度もみることに飽きたり、他公演と比較しての優劣を探してしまったり、それを他人の前で零してしまうことがあるからだ。複数見なければ気持ちいいままで終われたし、変に気に病むこともなかった。そういう経験をしたことがある。今までの舞台も、むやみやたらに回数を重ねようとは思わなかった。もう少し過去に遡ると、同じ演目を複数回みる、という選択肢すら私の中にはなかった。やっぱり、世界は広くて深い。私は随分と遠くまで来てしまったようだ。

 

上司に夏休みの日程を確認した。同僚に休みの交換を頼んだ。多少の無理を承知で休みを貰った。目的のために環境を整えることは楽しかった。

 

旅行というものに今までの人生で触れる機会が少なかったため、知らないことが多くて、知っている友達に相談したりもした。宿泊と新幹線がセットのパックを使うと、移動と宿が安く済むことを知った。一番安価なパックを選ぶと、恐ろしく寝づらいことを、翌日の体の重さから学んだ。知らない土地での移動はいつもにない緊張感があること、東京は土地の広さの割にあらゆる要素が凝縮された街なのだということ、人って一人でも何処にでも行けるのだということ、でもその代わり、何かあっても見つけて貰えないことも有りうるんだ、ということ。

先生から貰った宿題をこなしているような感覚。辿り着く先のゴールは決まっていて、そこに行くまでの過程を自分の足で歩みながら、目で新しい景色を知る。そしてそれを、楽しいものにするために、頭を働かす。端から見れば、随分と能動的に動いているだろうに、いざ自分でそれを体感すると、他人事のような無責任さがあった。不思議な感覚。楽しかった。

 

大阪、名古屋、東京公演が終わった。私の夏が終わった。振り返ると、犠牲なんてなにも払ってなかったように思う。私は私をドラマティックに演出してみたかったのだ、この夏を。私の中に残る、私の中に刻まれた彼らとの時間は、特別で日常だ。A.B.C-Zを好きだと思った、思えた夏が終わった。しぬきがしてたけど、そんなことは勿論なかった。私は彼らなしでも生きて行けるし、彼らだって私ひとりが離れたところで、路頭に迷うことはないだろう。

私は、選ぶ、ということの重さを知った。事務所に入所して、舞台やコンサートに出て、後輩たちがデビューしてブレイクしていく様を見送ってきた彼らが、デビューという、逃げ道を潰してのし上がってきた世界の一部をみた。彼らが選んで歩んできた世界。

 

いつかはやめてしまうのだろうけど。私はまだ、彼らを選んでいきたいと思った。