読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

えりあし

思ったこと、残しておきたいこと、いろいろ

東京恋愛専科

尾瀬 行き方」。

休日の午後、今日は久しぶりの快晴だった。最近はお休みなのに天気が悪い日が続いていたから、太陽の下で布団を干せること、シーツもカバーもいっぺんに洗えたことが嬉しかった。窓を開けっ放しにしていたら、洗濯物が乾いていく様をなんとなく自分の肌で感じられそうで今もずっとそうしている。けど、私自身は洗濯物と違って乾きすぎるとよくないので、お気に入りのカップに麦茶を注いで自分で自分を潤すのを欠かさないように気をつける。休みの日はお茶を飲みすぎてしまうのですぐポットが空になるから、またお湯を沸かさなくちゃなぁとやかんを取り出して水を浸し、火にかける。

掃除と洗濯とアイロンと、粗方片付けた後にパソコンをつけた。インターネットを繋げるとデフォルトに設定してあるGoogleのページが表示されるから、私はそこに、「尾瀬 行き方」と打ち込んだ。そこで初めて私は尾瀬群馬県にあることを知る。地理は昔から苦手でした。家族旅行も生まれてこの方、一度も行ったことがありません。それなりに大人なのでそんな言い訳を並べたくなりつつも、私が今このタイミングで、尾瀬が群馬にあることを知れたのは、塚田くんのおかげだなぁ、と思い、塚田くんのことを考える。

 

毎週火曜日は、ジャニーズウェブで連載中のA.B.C-Zのブログの更新日だ。昨日は塚田くんの更新日だった。塚田くんのブログは読んでいてとても面白い。そして疲れる。話題や感情の振り幅が凄まじいからだ。それは私が塚田くんに対して抱くイメージとおおよそ合致しているので、塚田くんって本当に塚田くんだな、とブログを読む度に感心する。塚田くんが塚田くんであることを確認できる。私の担当は塚田くんだなぁ、と思う。私の担当が塚田くんであることを嬉しく思う。この人を担当にしよう、と思い決めた自分を褒めたくなる。最終的にはやっぱり、塚田くんのことが好きだなぁ、と思う。

 

塚田くんのブログはおおよそのテンプレートがあって、まず冒頭で自己紹介。次いで、最近の天候の話。塚田くんは関東圏に住んでいるので、照準は関東圏になるのだけれど、自分のブログを読んでいる人が関東圏以外にいることも配慮しているのか塚田くんは、自分が関東圏の話をしていることをわざわざ提示してくれる。今週は全国的な話題だったね。そういった塚田くんの気の配り方を私は、面白いなぁと思う。

で、近況。リリースが近いとリリースの話題に触れてくれるし、仕事でお世話になった人やそのときの話もよく添えてある。イットランズで共演したメンバーとゲーセンでプリクラ撮った話がめちゃくちゃ好きです。

ブログを見てくれてる人、現場があったら来てくれた人のお礼も綴られるんですけど、それが本当の本当に全方位を回収しようとしているのがすごい。老若男女だけでなく、ファンの人、ファンじゃないけど見に来てくれた人、スタッフさんも衣装さんや演出の人や細かく刻んで挙げていたり。拾おうとする範囲がそもそも広いのに、その中でも粒を細かく分けて感じ取っているのかと思うと、塚田くんはおっきな人だなぁ、と空を仰ぐような気持ちで塚田くんのことを考えます。

 

塚田くんのブログには一般人がよく出てきます。名前も知らない、たまたま出会った人。今回は、尾瀬で出会った人。過去のブログでは、ライブ会場の道中でタクシーを相乗りした人、街中で声をかけてくれた人、電車で会ってお茶までした外国人。すごい。東京は冷たい、なんて揶揄されるけど、やっぱり塚田くんは太陽なんだな、と思う。A.B.C-Zだけの太陽ではなく、人としておっきくてあったかい人だなぁ、って。それが友達や共演者の人達と同じような存在として並んでいるからすごい。塚田くんにとって他人が友達か友達じゃないか、ってきっとそこまで大事なことじゃないんだ、ってよく思わされる。塚田くんにとって今自分の目の前にいる人って、等しく生きていて等しく時間を過ごして等しく優しく出来るんだ、って思うと、めちゃくちゃ強い。

 

私は塚田くんのことを表すときに「強い」という言葉をよく選んで使っているのだけれど、それは私が塚田くんの在り方に、損得勘定で行動していない、って思わされるから。

相手が友達でも、全てが全て意見が合致して摩擦なく関係を築ける保証はないし、ましてや赤の他人に対してなんかもっとそう。優しくしたのに冷たくされたり、良かれと思ったのに裏目に出てしまったり、いい関係を築いていると思っていたのに相手にそうは思われていなかったり。相手に起こした行動で結果、自分が傷つくかもしれない、という可能性をそもそも選択肢に持っていないのかな。でも、そうと結論付けるには、塚田くんが歩んできた道筋を想像すると、安易にそこには持っていけない。あんなに多くの人間と触れ合ってきた人が、傷をつけられずに生きてこれた、なんて、そう思うことすら失礼な気がして。

損したことがない訳ない、と思う。それでも、自分から他人にアクションを起こせるのって、本当に、すごいと思う。しかも、一般人に。何か起きた時に圧倒的に不利なのは、芸能人である塚田くんの方なのに。塚田くんは気にしていなくても、社会的な責任は決して対等じゃない。塚田くんに「アイドルとして安いぞ」と言わしめたマネージャーさんも身近にいる。塚田くんがどこまで危機感を持ってどこまでを線引きとして生きているか、私は一生知りえないけど、そんな風に人と接せられている塚田くんを、疑いの眼差しで見ることは簡単だけど、いいな、って思う。塚田くんって、いいなぁ。それはまるで祈るような気持ちで。塚田くんが誰かに、いいなぁ、って思われた気持ち分、塚田くんにとって幸せなことが訪れますように、っていう、勝手な願掛け。

私自身が、なにかとつけて最悪の事態を想定してから動く質で、それはつまり、損をしたくないからで。傷つきたくないから、一番傷つく展開を頭の中で想像して、何かに取り組んだり取り組むのをやめたりする。だから塚田くんのことを見ているととても怖く感じるし、それと同じくらい、私の目に塚田くんは眩しくて堪らなく映り込む、飛び込んでくる。塚田くんの姿、生き方。

 

 塚田くんの使う「表現」という言葉がすごく好き。塚田くんはどうやら自分がコンサートに出ること、舞台に出ること、バラエティでアウトと呼ばれること、それぞれを異なった「表現」と捉えているようで、それってやっぱりすごいと思う。塚田くんは根っからの表現者だね。内側から外側へ向けられるパワーがすごい。意識も高い。

私はアイドルという職業を、自分の人生をドラマとして世間に発信するひと、と思ってそういう目で見て楽しんでいるから、塚田くんがそうやって生きてくれていそうなこと、すごくすごく堪らない。素敵が溢れてふやけそう。

 

今回のブログの〆は、「待ってるよ」だった。この塚田くんは、レジェンドツアー初日に「僕たちを東京ドームに連れて行ってください」って言った塚田くんだな、と勝手にそう解釈した。

塚田くんたちが出来ることって「表現」することしかなくって、殆どの選択肢は寧ろ私達ファンやファンじゃない人達の方にたくさんある。最たるものとして、見るか見ないか、お金をかけるかかけないか。私個人の力じゃどうにも出来ないけど、A.B.C-Zを東京ドームに連れていくのはやっぱりファンという大きな消費者だろうし、塚田くんのブログページを開くのは、ジャニーズウェブに月額料金を払っている私達の指に掛かってる。

「待ってるよ」、って言ってくれた塚田くんの言葉、大事にしたい。

 

 

もう何回目かわからない、塚田くんのことが好きだなぁ、と思わされた素敵なブログの感想文でした。おしまい。